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月牢

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人魚と龍

ふと思いつき


人魚と龍




重い雲に覆われ、荒々しく波を立てる海。
海を望むことができる崖の上にある、篝火で照らされた祭壇の上で舞う黒髪の少女。
巫女装束を身にまとい、鈴のついた大きな冠と首飾りを身につけている。
錫杖と身につけた鈴を鳴らし、唄を歌いながら海に捧げるに舞い踊る。錫杖と身につけた鈴は澄んだ音色を響かせる。
それを何の感情も瞳に映さないでいる男と、悲しみを押し殺し見つめる少女が居た。
ーどうか、悲しまないでください。
そう舞う少女は、思う。
ーどうか、どうか。悲しまないで…。
そう思いつつ鈴を鳴らし舞い踊る少女は思い出す。
今までのことを。



海に近い国にあり、荒れる海の神を奉る家に少女は双子として生まれた。
荒神となる海をどう、鎮めるかなんていらなかった。
そんなとき何の感情も映さないでいる男と出会ったのだ。
彼は国の長の次代として生まれた少年だった。
歳が近い者同士、仲良くなるのに時間はかからなかった。


「お前は、良いのか?このままで。」
ふとまだ元服前のかれがそう言ってきた。
「はい、私はこの家の子ですから。」
「そうか。」
悲しげな顔をしてそう言う彼を初めて見た気がした。
この時は私はまだ幼かったから、何を言っているのかわからなかった。
ただ家の教育が厳しかったからだと思った。
だけど、このことだとわかったのは自分の元服の時に教えられたことだった。


この海は穏やかな時が少ないというほど、荒れている時が多い。
なので捧げ巫女を育て海の神へ捧げる。
頻繁ではなく双子が生まれ、その子のどちらかが水に愛されていれば。
その子を捧げる。
もう一人の子は、儀式を遂行するための者として育てられ、これを後世に伝え紡いで行くために。


私が成人する頃、また海が荒れだす。
民は帝である彼に、願い出たのだろう。
巫女を海に捧げ、海の神を鎮めてほしいと。
だが彼は、すぐには私に命をくださなかった。

それを嬉しいと思ってしまった、私は巫女失格だろうか。

私は彼を、帝を愛していた、いや、今でも帝を愛している。
両親に、愛されて居なかったわけではないのは知っている。だって何時も愛おしげに抱きしめてくれたから。
国の人々にも、愛されていなかったわけではないのを知っている。だってたまに会う人達は微笑んで話しかけ畏怖しなかったから。
双子の生きるあの子を羨ましく思う、でも妬ましいとは思わない。むしろ私の死を背負わせてしまうのが心苦しい。


みんな苦しんでいるのを知っている。

だから私は、海に捧げられる事を願い出た。



舞を踊った少女は、顔を布で隠し覆った巫に連れられ祭壇の端に置かれた石で出来た箱に向かう。
ふと向かっていた少女が立ち止まり帝である青年と双子の片割れの少女に振り返る。
綺麗な微笑みを浮かべ一礼し、それ以後は振り返らず石の箱のなかに身を沈める。
巫はその石の箱に蓋をし紐で縛る。
太鼓が打ち鳴らされ、少しずつその石の箱を押す。


そして

少女の入った

石の箱は

崖から落ちて行き

海にのまれ沈んでいった。


すると海が徐々に穏やかな様子になり、周りは歓声に包まれるが、
泣き崩れるように片割れの少女は膝をつき泣きだしてしまう、しかし声を上げることはない。
帝の青年は唇を噛みしめ堪えた。



どうか、悲しまないでください。
私は幸せでした。
海の神様、どうかどうか、その気を鎮めくださいませ。
私はこの国が好きです、あの方とあの子と両親とこの国の民を愛しています。
だから、どうか、私で最後にしてくださいませ。
もうこれ以上悲しみを産まないでください。
お願いです。



そう少女は思いながら海へ沈んで行った。





















「帝、何を言っているのですか…?」
「俺は嫁を迎えないと言ったんだ。」
「あなたはこの国の帝!次代を次ぐ為に血を残すのは義務でしょう!」
「アイツに息子が居たよな?それなりにできる子だ、あの子を育て次代に添えればいいだろう?」
「っ?!」
「俺はな、アイツを嫁にするつもりだった。だから嫁はアイツ以外いらない。あの子は長子だべつに構わんだろ?」
「…わかりました。全くあなたのわがままにはほとほと呆れます。」
「ふん…、今に始まったことじゃないだろ。」
「何処に逝かれるのですか…?」
「いつものところだ。」
「護衛は!」
「いらん。」



「ひさしいな、そしてめでやたいな、しかし双子か…。」
「そうですね、ですがどちらの子も水に愛されていると言うわけでは無いようなのです…。」
「今までに無いことか…。」
「えぇ」
「…。」
「私は、大丈夫です。忘れたわけではないですし、あの微笑みを思い出すと悲しくないわけではありませんが…。」
「そう……だな。」
「貴方様はそろそろ、嫁をお迎えなさったらどうですか…?」
「お前もそういうのか。」
「えぇ、次代とかどうとかではありませんが、そのままでいると逆にあの子が悲しみますよ。」
「…アイツは本当に他人本意だものな…。」
「で、迎えるのですか?」
「意地でも迎えない。」
「あなたも…頑固ですものね。」
「頑固っていうな。」



「叔父上、海が穏やかなのはそんなに可笑しいのですか?」
「あぁ、俺が幼い時はもっと荒れているのが多くてな、こんな穏やかな海が続くのが珍しかった。」
「私は、荒れている所なんて見たこと無いですが…。」
「まぁそうだろうな。」
「あの子たちの家が、生贄を捧げていたなんて知りませんでした。」
「あぁ、教えられたのか。」
「えぇ。でどちらが次期の生贄になるか、なんてわからないんですよね…。」
「そうだな、だがこのまま荒れなければ、もう生贄を捧げることなんぞ、しなくてすむだろう。」
「そうであると、嬉しいです。」



「なぁ、お前のおかげなのか…?お前が捧げられたあと、生贄を捧げられることがなくなった。程よく風と波があり、それでいて波が凪いでいる。」
「まぁ、お前のおかげなんだろうな。しかし、俺はじじぃに成ってしまったよ。」
「もう少ししたらお前の所に行けるだろう。」
「アイツも幸せに過ごし、逝ったぞ。あぁ、もう会っているか。」
「幸せだ、次代を育てアイツの子に懐かれて過ごす日々は。幸せだった。」
「できればお前も隣に居て欲しかったよ…。」













賢帝と讃えられ慕われた、帝が死に国は悲しみに包まれた。
彼は幸せそうに笑って逝った。
遺体は海鎮めの祭壇から、海へ流すことになった。
これは彼の希望であり、その前に伝え巫女が希望した方法でもあった。

すべての民が見送るために近くに行き彼が迷わぬよう、灯籠を海へ浮かべ送ったのだ。






その時龍と白い人魚のような物が波間に見た国民が多く。
龍は帝で白い人魚はこの海を沈めた捧げ巫女だろうとささやかれ。
若くして捧げられた巫女と悲愛を秘め生き続けた帝の話が伝説として言い伝えられることになった。




































「久しいな。」
「帝…幸せでしたか?」
「あぁ。」
「だが今お前に会えて、やっと満たされた。」
「…。」
「お前は嫌だったか?」
「…、いえ。」


「私も嬉しいです。」
そう捧げられた巫女は涙を流しながら、笑いをみせた。
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